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Love never fails (続:しあわせになるために)

前の記事のしあわせになるために書いたことだけど、

しあわせになるためには自分が変わらないといけないと書いた。
自分の場合旦那の愛が見えなくなっていて、
「愛」ってどういうことなの?
「愛する」ってなんなの?

などとそういうことを堂々巡りに思っていた。

自分の中では雨が降ろうが、雪が降ろうが、外で槍が降ろうが、毎日週末も返上して、毎朝子供たちが起きる前にはもう出勤して、子供たちが寝静まった夜中の2-3時にしか帰ってこなかった自分の父の「働く男」のイメージがあったので、当然「夫たるもの、働くものは文句を言わずに働くもんだ」と思い込んでいた。

自分の旦那は平均的日本人男性とは全くかけ離れている。

そんなこんなで彼が仕事にいかない20の言い訳を聞いていた自分の心のなかでは「旦那いやいや度」が最高の状態に湧き上がっていた。

でも洗礼を受けてから
「愛が一番なんだ。他のものはその次」と思えるようになって
「旦那は自分を愛してるんだ」というのを実感して、
「かわいそうに私からこんなに疎まれても頑張ってくれたんだ」と後悔した。

3日坊主なので、又仕事に行かない言い訳をきいて「むきーっ」と思った日もあった。
だけど、仕事やお金のことだけが理由なのか?
じゃあ、旦那がミリオネラーだったら私たちは申し分のない夫婦になれるのか?
そう思ったら以外と答えはNoとなった。

万一ミリオネラーになった場合、何が起こるかというと、うちの旦那は自分のお金で遊びまくって(女遊びとかギャンブルじゃなくて、自分の好きな趣味のことを好きなだけする)しまうだろうということ。私も私で、お金があったらしたい里帰りをしたいだけして(自分の老いつつある両親が心配なので)、エンジェルの教育にお金をかけて教育ママゴンになって、食べたい日本食を毎日むさぼり、旦那のことは振り向かないだろうということ。

神様はわかってらっしゃる。

伝統的な結婚の誓いの中に、
「富めるときも困窮するときも、
健康なときも病めるときも
夫を愛し従うことを誓いますか?」というくだりがあったと思う。
(私は教会婚じゃないので正確にはしらないのでご了解ください)

私はこの「従う(聖書ではよくSubmitとある)」という言葉がいやでいやで仕方がなかったけど、無条件の愛というのは「相手の全部を受け入れる」ことがないとありえない。これが従う(Submit)するという意味なんじゃないかと思えてきた。

9年前Yesと言ったときは経済的にこうなることはわかっていなかったけど、
少なくとも彼の収入の度合いや仕事の内容で決めたことじゃない。(無職だったら私のビザ取得が難航したでしょうけど)

今までキリスト教なんてと言っていた旦那が洗礼に立ち会ってくれてから
「牧師様のお説教だけはきいてもよい」と日曜の礼拝に一緒にきてくれるようになった。
「キミのことを傷つけるだろうから、僕の意見は聞かないでね」と釘をさされているけど。

「キミのことを愛しているから来てるんだよ」という彼の愛に
仕事をしろとか、仕事をしない言い訳を聞いてうんざりなんていう私は
まだ感謝しきれてないと思う。
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そうだよねー。
やはり夫婦をつなぐものは
期待ではなくて無条件の愛でしょう!
お互いいい人にめぐりあえましたね♪

お金は幸せへの付加価値なんだよねー。
Marmite さんのお金の問題は、
「解決する」と思って夫婦の足並みを
そろえていればきっと解決するよ!
大丈夫だよ。

彼がお金にだらしないのは私が諦めるしかないようです。それよりももっと大切なことがあることをいつも忘れないでいたいです。

お金には一生苦労するって覚悟してますよ。でも神様はちゃんとぎりぎりのところは与えてくれてますから。信じて感謝してます。
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