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いじめ

この間仕事のことで
コーチングを受けていたとき
自分の弱いところは?と聞かれて
一番にあがったのは
「上がり性。プレゼンでものすごく緊張する。
で、どもったりして、余計落ち込む。
認められたいくせに
プレゼンを任せられると
逃げ出したくなる。
成功したいくせにプレゼンの場で自分がどうなるか
恐くなるから、これだ!と思えた練習にならない。」

「人との間に入ると緊張するんです。逃げ出したくなるんです」

(いやーー、相当ダメですね。。。爆)

「なんかきっかけあるの?」
と聞かれて


「昔はこうじゃなかったんですよね。
友達とも遊べてたし。。。」
と思ってはっと思い出したのが
小6になったとき
引っ越して東京に行ったこと。
東京出身以外のものは皆田舎者ということで
転校早々、クラスの一部に
「かっぺ!」とよばれて
「自分はかっぺじゃない!(東京だけが都会じゃないからと思って)」と言い切ったら
「生意気!」と叱られ、

自分の家が子供4人を抱えて
物価の高い東京の生活で
ひーひーしながら
下着以外の上はしばらく同じものを着続けていたら
「汚い!」といわれ

一つ一つの挙動に
「変!(給食のパンにアイスクリームをつけて葡萄をのっけて食べた)」とか
「なぜ瞬きしない!(そんなにするものなのでしょうかね?)」とか
「鼻の穴が開いた」とか
難癖をつけられ

そのうち
「ばいきん!触るとうつる!」
などといわれクラスの男の子全員からはやされて
仲間はずれになった。
そのうち男の子に好かれたい女子までが
「ばいきん、やーい!」とはやしたてるようになった。
孤立状態が続いたので
担任が仲介して
一時期いじめが収まったときもあったけど
その反動で卒業間近になったら
担任が後ろを向いて授業している最中に
石が投げられて頭に当たったこととか
ランドセルにごみをつけられたりとか
机の上につばをはきかけられて
惨めな思いでトイレからちり紙とってきて
ふき取って捨てたことがあった。

学校では仲良しにしてくれる
ごく少数の女の子たちと固まっていた。

母はそんな私を見て
「いじめられるのはいじめられる臭いがある
あなたが悪い!(どんな臭いなんでしょう、お母さん?)」
といって取り合わなかった。

卒業式のときには着ていくきれいな服がなかったので
もらいもののそれでも普段着ではない
が、とても質素なワンピースを着ていったら
「普段着できやがって!」と罵られた。

卒業のときに引っ越したので
クラス会には一度も呼ばれず
その後少しあった文通も途絶え、
高校に入った頃には
小6の時期は自分の頭から完璧に消え去った。
それでも西武新宿線と聞くだけで
体が固まる自分がいるけど。

少数の友達以外は(彼女たちだって仲良くはしてくれたけど
立ち向かったりはしなかったよ)
家からも外からも孤立して
ほぼ一年、
家出もせず
登校拒否もせず
非行にもはしらず
家庭内暴力もふるわず

あの土地で頑張れた
自分って一体何者なんでしょう?

殆ど忘れたけど
いじめっ子のリーダーのO君と三銃士の存在の彼の仲間
いじめの原因を作ったのは自分、
私の悪口を散々いったと卒業式のときに告白してきたSさん、
なかよしだったYちゃん。

夕方通ったそろばん塾で
他のこたちと一緒にいられ、
学校のことを忘れられた
なかよしの雰囲気をつくってくれた
そろばんの先生。

いじめっこたちの中の
私という思い出は点か霞かと思うのですが、
かれらに伝えたいことは

あなたたちは私をいじめたけど
私という人間を完璧に壊すことはなかった。

あのときのことは遠い過去
今の私は今の私。

どうか私の思い出が消えない汚点とかしみに
ならないでいればと願ってます。

仲良しにしてくれた人たちには
こう伝えたい。

おそらくあのときの私は
優しいあなたたちにとっても
生意気で仕方がなかったかも?
優しくしてくれてありがとう。
今の自分を作った支えです。
あなたたちの人生に神様の
祝福がこれからもありますように。

コーチングのセッションで
いじめの思い出に蓋が開けられたとき
はっきりいってほっとし、
いじめられたことを
他人に話したことですっきりした。

で、これからプレゼン頑張れますか?
緊張しないで人と話せますか?
そう願いたいです。(笑)
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非公開コメント

非常に胸が痛みました。
お辛い経験やったでしょうに、
真の意味で強いお方に思いました。

「我」が「我」を救ってくれたんですね、
最大の味方は自分自身でしたのね。




Re: 夕馬さん

読むのも長い文章だったのに、読んでくださり
その上コメントありがとうございます。
お言葉胸にしみます。

> 真の意味で強いお方に思いました。
気が強いっていわれますねえ。
でもどこかで「こんなことで負けたくない」っておもってることは確かです。

> 「我」が「我」を救ってくれたんですね、
> 最大の味方は自分自身でしたのね。
自分を認めてないようで、認めていたところあったんですね。
気づかせてくださってありがとうございます。

私は、「いじめられた」っていう訳では無いけれど、高校が孤立生活だったんです。中高一貫の学校に、高校からごく少数を取っていたんですが、憧れて入学したのに、全然、雰囲気が合わなかった:なんか、勉強するのはダサイ、僕らは、勉強なんかしなくても優秀なんだぜ。みたいな傲慢が鼻につく、そんな同級生が主流だったのが、本当に嫌だったんです。中退とか、大検とか、そういう手もあったんだろうけれど、そんなこと思い付かず、エスケープになったのが、海外への関心。高校時代、ヨーロッパ各地に30人くらいペンフレンドが居て、学校から帰ったら、いっつも手紙を書いていました。大学2年で、彼ら彼女らに会いに行く旅をして、その最初の時点で、今の夫に出会った、、、考えてみたら、それが、今の自分に繋がっているんだな、そういう線路だったんだな、と思えたりします。なんだか、私まで、まるで「告白」みたいなことを書いてしまいました。

あと、プレゼンで「あがる」っていうの。子供の頃、ピアノの演奏会で、上がりまくって困りましたが、いつの間にか、全然上がらなくなり、仕事関係のプレゼンも、大きなプレス発表会なんかでも、全く全く上がらず、冗談言ったり出来るようになったの、何が転換ポイントだったんだろう、、、一つは、「うまくやろう」っていう気持ちを、意識して捨てたことだと思っています。

長くて失礼v-15

Re: リス美さん

ご主人とのなれそめまで教えていただいてありがとうございます。
私は今はそんなに考えないのですが、ボスが「プレゼン、プレゼン」とばかり言うので
気になってしまったということもあります。
外国人だからネイティブと同じアクセントでしゃべれるわけないのに
それを逆手にとられて洗脳してきてるのではないかと
穿ってみたりもします。
要は伝えようという気持ちなんだ、どもっても言いたいことを
ビジョンにもって伝えようと心がけてます。
コメント全然長くないですよ。きちんと読ませていただきました。
どうもありがとうございます。
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