スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

土は土?

聖書のたとえ話に
神様の言葉が心にしみて
神様の教えに従う状態を
種まきにたとえられた箇所があります。

聖書のエキスパートじゃないので
どこかは確実にしらないのですが。
(お!Googleで調べたらMatthew13:1-9でした。)

種をまいても鳥がついばんで食べてしまい芽が出ないケースと
種をまいたけど石ころが多くて土が少ないのですぐ芽はでたものの、
太陽に照らされてすぐ枯れてしまったケースと
いばらの中に落ちていばらの勢いに負けてしまったケースと

最後がよい土に落ちて60-100倍ものの収穫を得たケースです。
となると
土がよくなければ最初からダメということなんでしょうか?
私のようなものは救いがない?
昨日土いじりをして思ったんだけど
掘り起こしたり
石をとりのぞいたり、
Fertilizerを気長にいれたり
そうやって努力した賜物が
よい土じゃないかなって。
ま、うちの庭は10年近く掘り返して
やっとなんとかってところですが。

神様はFarmerのような方で
私たちの心に鋤をいれます。
私たちは生きているので
Sinという石ころがごろごろ持ってます。
悪いこと(雑草、病気、日照り、洪水)も起こります。
だけど良いこと(よいお天気)も同時にあります。

土が土であるには
作物を産むことなんだと思います。
だから「(神様の言葉を)聞く耳を持つものは聞かせなさい。」
なのだと私は思ってます。

だから最初から
「この人は良い人だから選ばれている。」
「この人はしょうもない救いの無い人だからほっときましょ。」
なんてことはないのだと。

昨日は教会でBaptismがあって
そのうちの一人が素敵なTestimonyをしました。
それは
「神様は私を決して手放さなかった。」でした。
神様に出会ったけど色々あって
神様から離れたときもあった。
だけど今神様の道に戻ったという経験からでした。

神様はいつでもどこでも私たちの心に鋤をいれてます。
神様の言葉が芽を出しやすいように。
掘り起こされるのを受け入れるのが私たちに求められていること。
資質ではなくあり方が問われているのではないか?

だからトンでもない自分に気づくのも
そういう過程なんですね。
きっと。
いや、納得してはいけないのでしょうが。(苦)
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

コメントありがとうございました。
非常に深い内容のお話で
改めてもう1度また聖書も読んでみたい、
そんな気になりました♪

よろしければまた遊びに来て下さい^^

ももんがさん

ももんがさん、お越しいただいてありがとうございます。聖書意味深いですよ。私もまだまだ勉強中です。ももんがさんのブログも意味深いですね。今度じっくり伺わせていただきます。これからもよろしくお願いしますね。
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリー
検索フォーム
リンク
読み合わせに
あわせて読みたいブログパーツ
転んでも丸々とした達磨だから
苦労という苦労に木の葉のように翻弄され、叩き落されても又起き上がって。。。 でもそれが何か?

Job

Marmiteより。

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。