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もう考えないと思っていたんだけど

朝っぱらから旦那に言われました。
「君の職種ではこんな仕事しか見つからない。」と。
ご丁寧にもLinkedInで見てくれたらしいです。
こんな仕事、あんな仕事の広告とか言われて
給料も今よりずっと少ない、というか物価も交通費も高くなった今、
そんなサラリーではすべて払ったら何も残らないというレベルなのに、
「そんな選り好みができるか、給料がある方がないよりマシだろ?」と
言い放った旦那。
(注:私は他のルートで毎週くる広告を丁寧に見て応募しています。)

(てめーこそ、一体どういうツラしてそんなことを言えるのか)と言いたいのをぐっと我慢して、
「私だってあなたに何でもいいからアルバイトしろ、と言ってないでしょう?長いことトレーニングした上での高いスキルがある(整形外科のナース)というのを尊敬して見合った仕事が見つけられるよう応援してるんだから、あなたも私の仕事には尊敬を払ってほしい。」と答えました。

どんどん季節は経って早4月が。あっという間に1年の3分の1がすぎてしまう。なのにまだ次の仕事の目処が立たない。モルゲージもまだ残っているのに、それに見合うだけの給料がもらえないと生きていけない。というか本当に仕事があるのか?あっても私にくれるのか?ここまでやってくるのにかなりのバトルを戦ってきたのに、また入り口に経って、「外人だから」ということで押しのけられ、仕事をもらえない日々を続けるのか。そしてやけになって最初の時のようにとんでもない仕事をつかまされてしまうのか。耐えることも戦うことも今では体力も気力も及ばない。

カウンセリング終わってから少しは心が強くなって考えることはないだろうと思ったけど、「死んだ方が痛みも悩みもなくなってすっきりするのでは?」と思い始めた朝でした。
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Detachment

昔、ダラスという番組で失恋の痛手に悩んでいる息子に父親のJRがこう言いました。
”Vengence is a dish better served cold."
これは悔しいことでリベンジするなら恨みはさましてからの方が復讐の効果が絶大である、という意味だと解釈しましたが。

私としては痛手、恨み、つらみから離れることができなければ自分はメクラも同然ではないのか。そんな気持ちで下手に行動したら、昔から「人を呪えば穴二つ」と言われるように結果は自分にしか跳ね返ってこないと思うのです。
自分の気持ちを覚ました時に、何が見えるのか。相手の不正なのか、自分の至らなさなのか、ただ相手が幸運にも一歩自分より先にいただけなのか。見えることで自ずとその先も決まるということで。

ともかくこの脚本書いた人、パンチラインのセリフにかけてはすごいなと思います。
主役のラリー・ハグマンがガンで死んだ後、続編のシリーズはキャンセルされたのですが、彼が生きていればもっと面白いセリフが聞けたのにと思い残念です。RIP

Divide and Rule

イギリスでよく聞く表現ですが、マイクロマネージメントのやり方として(決していいやり方ではない)挙げられてますね。人をあくどく管理するにはグループで分けて、賢くけしかけグループ間で競争させて管理すると管理する側が一番楽、ということです。

で私はこれから何をしていけばいいのか原点に返って考えていた時、「何をしていけば、とか何をしたら」というレベルではなく「自分としてどうありたいか」という原点だと思いました。「どうありたいか」も「どうすれば良いのか」にどうしても問題がすり替わっていってしまうので煮詰めるには難しいのですが。

結局自分の悪いところ良いところっていっぱひとからげだから自分ではないかと。分けるからコンフリクトが起こるわけで、誰かが誰かを貶めなければならなくなる=結局自分の否定につながる、自分の向上には繋がらない。

神様は愛で罪ある人も受け入れてくれます。
だけど「宗教」は「良い人」であることを常に押し付けて自分の中にある愛を見失わせます。
条理不条理両方あるから世の中であって、
一つだけあるというのはありえないこと。
神様があるから両方あるので。

あまり考えたくない自分の部分があるから自分なんだって思った時は爪先立っていた足がすっと地面に下ろせた感じがしました。
ま、これもカウンセリングのおかげなのかな?
「これからどうしたいの?」という彼女の問いには十分な答えになってないでしょうけど、今日はそれをカウンセラーに告げに行きます。

もう一人の自分

今日はヒーリングをやっている友達と話す機会があって、
今まで受けてきたカウンセリングを思わず愚痴ってしまいました。
「人生を振り返って気づきはあったけど、振り返るだけでセッションの大半を過ごし、
あと一回なのに自分でどうしたいの?とか聞かれちゃった。
それをやりたいからカウンセリングに来たのに。」

それを聞いた友達は
「ともかく自分と向き合わないといけませんね。」と。

「ですが、私は自分と向き合えと言われても、さてと思っても何も出てこないし、
じゃあどうすればと言ってもやり方を知らない。」と聞いたところ
「瞑想してください。なんでもいいから自分のことを考えているうちに浮かんでくることがあるからそれを片っ端から書き出すといいですよ。」と提案を受けました。

で、家に帰って目をつぶって彼女の言ったことを頭に浮かべていたら
心に浮かんできたのは井戸。
もしかしたら自分が見えないと思っていたのは、もう一人の自分が本当の自分を見せたくないから
井戸にそこに隠したのかもしれない。
「出ておいで。。。」
と声をかけたら
いきなり恨み言葉が
「嘘つき、犯罪人、羊の仮面をかぶっている」
「浄化とか言って私のことをなくそうとしているのだ!」
「綺麗事ばかり言って、私のことをバカにしている。亡き者にしている、許せない」
思わず引き寄せようとしていた手が止まってしまいました。

頭ではわかっているんだよ、自分の何もかも受け入れなくてはいけないって。
でもそれをしたら弱いもの、劣るもの側が外から見えてしまうんだよ。
恥じているわけじゃない、だけど世間でやっていけないんじゃないのか?
それがわからないし、不安だから、ついそこにいなさいってなっちゃうんだよ。
また振り出しですね。
どうすればいいの?

その先

自分のこの先を考えるにあたって。
旦那のこととか、12月までに職の目処をつけるとかは本当の目先のことで
自分の人生をどうしたいのかっていう大きなピクチャーが必要なのがわかりました。
仕事どうしようとか言ってわなわなして探し始めると、先が見えなくなって、
職があれば何でもよくなって取ってくれるところにしがみついて後悔するかも。

旦那のことにしろじゃあ夫婦カウンセリングに行ったからといってどうなるか?旦那が変わるというのはよっぽどのことがない限り実現しないでしょうし。かといってもう離婚してもいいと思ってる今の自分の気持ちが変わるのはよっぽどのことだし。

でも自分の人生って自分のことだけ。仕事も旦那もそこまでの決定因子にはならないのです。私にはまだ自分のことがそんなに見えてるとは思えないのですが、それでも自分は自分。これから日々過ごす時間を大切に自分に向き合いながら残りの人生を歩まないと。

それがどんな道であろうと。
カウンセリングも来週で終わり。どんな結論が出てくるか?

Square 1

昨日は5回目のカウンセリング。
いつもの「調子はどう」から始まって、残りの人生に起こった重要なことを終わらせるということで始まりました。

残りはこちらに来てからの大変な時期。
子供が生まれた時、
旦那が仕事を失った時、
仕事を探さなければならなかった時
借金を背負わされた時
諸々。

カウンセラーは諸々の出来事をふんふんとうなづきながら読み上げ、
「あなたの結婚生活はほとんどシングルライフと同じなのね。結婚していながらパートナーとは別々の道を歩んでいるじゃないの。これからどうしたいの?」と聞いてきました

あのー、それを見極めたいからカウンセリングを始めたんじゃないでしょうか?
そんなこと今更私に聞くんだったら5回分のセッション代と時間を返してください。

その時気づきました。
カウンセラーってもしかしたら素晴らしい人もいるけど、
殆どが名ばかりじゃないのか?
自分の道を切り開くためならカウンセラーになど頼るのは間違っている。
結局は自分でやらなければならないのだから。


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